「知りたい」という欲求は、時として暴力的だ。ウーリと会話しているうちに、ふと頭に浮かんだそんな考えが強くなってきた。
俺に向けられているのは、世間知らずなコイツの、純粋な好奇心なのだろう。誰にだって、知られたくないことの一つ二つはある。まして、俺はそれが多い方の人間なのだ、多分。こんな時だけ呆れるほど饒舌になるウーリの言葉には、そんな俺を気遣う影すら見られない。タチが悪い。
「この写真の女性、」
「あぁ?」
「お前と親しかったのか?」
「そうだな、ホントいい女だったよ。お前なんかには関係ないくらいのな。」
「私に関係ないのは当たり前だろう、何を言っているんだ。」
「話したくないって言ってるんだよ。」
万事こんな調子。誰か何とかしてくれ。
「戦争では何人〝あやめ〟たんだ。」
「さあね。何人だと思う?」
「……400人くらい?」
「アホか、お前。俺ひとりでそこら辺殺し歩いた訳じゃないぞ。俺を一体なんだと思ってる。」
「ケニー・アッカーマン。」
「素敵な答えをありがとうよ、ウーリ・レイス大先生。ついでと言っちゃ何だが、俺の頭に血が昇る前にこの家から出てってくれ。」
「どうして?」
「ここは俺の家。俺はしばらく独りになりたい。お前に付き合うのはうんざりだ。他に何か理由が必要か?」
「それは私がこの家を出なくてはならない理由にはならないだろう? お前の都合じゃないだろうか。」
「お前こそクソ剥き出しのクソ好奇心を俺に押し付けたりするなよ。それこそいい迷惑だ。」
「わかった。」
攻撃には攻撃で返す。この場合、それが一番良い方法だ。守りを固めろ。相手には決して防波堤を突破させるな。さあ行けクソ兵隊ども。
やつは眼を上げて俺をじっと見た。ちょっと気味の悪いほど現実離れした、それでも結構綺麗な眼だと思った。
「私がお前のことを知りたいと思うのは、迷惑なのか?」
隊長!!一名戦死しました!!
大丈夫だ、まだ戦える。
「…め、迷惑じゃないとでも思ってたのか? だとしたら、あー、お前は余程の自意識過剰野郎だな。」
「自意識過剰? 自意識過剰はケニーのほうじゃないのか。誰もお前からの好意を望んでいるとは、言っていないじゃないか。」
「はっ? コウイ???」
俺は頭が痛くなってきた。
「おい、ウーリよ」
「なんだ?」
「どうして俺についてきたんだ?」
ウーリは透明の石のような眼で俺を見つめた。そして、ケニーが住んでるのはどんな所か見たかった、お前と話をしたかった、とすらっと答えた。
「それだけか?」
「それだけだ。」
「ウーリ、そろそろ帰れよ。話があるならまた来い。」
「・・・・・・分かった。」
少々つっけんどんに言ってみると、ウーリは素直に立ち上がった。これでいいのかこいつは、と思いながら俺も外に出る。
そこでふと、気付いたのが奴の帰り道。
「お前、ここから自分の家まで帰れるのか?」
「・・・大通りに出れば。」
やっぱりな。予想通りです。大正解。犬のおまわりさんか、俺は。
今度は並んで黙々と歩いた。大通りまでせいぜい10分くらいなので、そう気まずい雰囲気にもならない。…というと、どうしても男と歩くときの言葉じゃないことに気付いてしまう。ふざけんな、俺は何もしてねえ。この野良猫が悪いんです、神様。だがふと、こいつはどんな家に住んで居るのか、そもそも生活感とかあるのか? この細っこい小さな体で何を食って生きている、露草か? …いや、どうでもいい。俺はわずかに湧いた奴への興味を振り払った。
やっと出た大通りで、ウーリはほんの少し笑った。ありがとう、もう道は覚えた、と言って背中を向ける。人混みに紛れて遠くなる背中を数秒追いかけたが、面倒なのでやめにした。俺だって家でのんびりしたい。そのためにウーリを追い出したのだ。
しかしながら、しかしながらである。我が家はどうやらウーリという野良猫の縄張り内に入ってしまったようだ。
冗談じゃねえ、と思うけど、静謐にかがやく眼は、いつまでも俺の印象に残った。何だか変な気分だった。
end